NASA’s Implementation Plan for Return to Flight and Beyond: Summary" data-hatena-bookmark-layout="simple-balloon" title="このエントリーをはてなブックマークに追加"> このエントリーをはてなブックマークに追加

(秋山の個人的な感想)例のコロンビア事故の報告書を受けてのNASA側のお答えみたいなもんですが、しかし、書類を作るのが早いなぁ。もちろん事前にコロンビア事故の報告書の内容は行ってたんだと思いますけどね。本文は156ページもあるのでさすがに目を通す時間がないのでざっとサマリーを読みました(^_^;<しかもサマリーを斜め読み;
Conclusionの冒頭ですが、”Tne American people have stood with NASA during this time of loss. From all across the country, volunteers from all walks of life joined our efforts to recover Columbia. ”
くーーっ。なんたる一体感への自信!定冠詞theの用法とか、もう一度調べ直してみたくなりますね。
と、ちゃかすのはそのぐらいにして、でも、正直そう言い切れるアメリカ国民とNASAの関係がうらやましくあります。たとえば、今後日本が探査機を失ったりしたときに、”全ての国民がJAXAと共にこの悲劇を耐えた!”と言い切るだけの事が日本の宇宙機関に出来るか?というと、言えないよなぁ、きっと。頭下げちゃったりしてね。まぁ、有人と無人という違いは在るんでしょうけど。マスコミは、俺たちゃ追求する側だもんね、ってな感じで、世論は”税の無駄使い”と言っている!とかね。日本で宇宙開発やったり惑星探査するのは、在る意味いつ後ろからばっさり切られるんじゃないかとビクビクしながら合戦に臨むようなものの気がします。ま、NASAでもそう言うところは在るんでしょうけどね。でも形として、こういう風に言えるか言えないかという違いはやっぱり大きいと思うなぁ。それがどういう形で現れてくるか、というとですね、だんだん何も言えなくなっちゃうんですよ。
その昔、チャレンジャーの事故の時に、ファインマンが”だんだんとNASA組織内でネガティブな発言が出来にくくなっていった状態が問題だ”と言ってましたが、それはその通りなんですけどね。しかし、それを育て上げたのは、マスコミであり周りの風評だったりするんですよ。ファインマンがそう言ったのは、”アメリカ国民は正当な宇宙開発、そして不可避的に起こる事故に対して、ちゃんと受け止められるだけの一体感を、NASAに持っているよ。だから自信を持って、国民を信じて、一緒に進んで行けよ”と言いたかったからそういえたんだと思うんですよ。
プラネテスで、大規模事故の後に責任者が記者会見で責任をどう取るんだ!と言われて、”次は成功して見せます”と言ってのけますが、あれは強い責任感の表れでもあると同時に、強い自信、強い一体感が在るから田と思うんですよねぇ。世の中、ヒーローを求めてると言いますが、それを叩きつぶしたがってるのもまた世の中なのです。で、日本というのはホントそういう世の中なんだよなぁ;
探査機は元気だよぐらい言える世の中になって欲しいです、ホント。

NASA’s Implementation Plan for Return to Flight and Beyond: Summary

投稿ナビゲーション


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です