思い起こせば最初にロケットガール養成講座なるものを考えついたのは2006年のことだっただろうか。能代イベントも2年目を無事に終えようとしていた頃に、トラックを運転しながらふと、「そうだ、ロケットガール養成講座をやろう」と思いついたのがきっかけだ。タイミング良く能代イベントに参加していた「ロケットガール」の作者の野尻さんにokを貰い、早速始めたのがこの企画だ。最初の年はバンキシャ!にも取り上げられるなど、大フィーバーした。映画化が実現されなかったのはちょっと残念だったけど。

ロケットガール養成講座(のちにロケットガール&ボーイ養成講座となる)の理念は何かと言えばこれは色々と複雑なのだけれども、これに参加した高校生諸君が「あの時、ロケットの作り方・飛ばし方を習った」と返事するとしたら、それは失敗だった、というような企画だと思っている。最初はロケットに興味があったりして参加したけど、終わってみたら、あそこで学んだのは全然違うことだったな、と思って欲しいと思っている。
平成22年度は元々、3月末に伊豆大島でロケットを打ち上げて発表会をして終了の予定だったんだけれども、震災の関係等で送れてしまい、和歌山チームに関しては本日ようやく打上が終了した(秋田大・YACチームは残念なことに昨年度の打上は中止。東工大チームは今のところ伊豆大島での打上を6/4に予定している)。せっかくなので、今日の最後の〆で僕が話した講評の簡単なまとめを書いておく。ロケガ&ロケボがどんな講座か、これでちょっと御理解いただけると良いのだが。

まずロケガ&ロケボで体験して貰いたいことは、「なんかとんでもないことをやっちゃった!」という感覚。ハイブリッドロケットの打上は僕も最初に見たときにびっくりしたけど、ぇ、こんなことやっちゃって良いの???というようなびっくり感がある。そんな初めての経験を体験させたい、というのがまず第一。その昔、ゲーテは「(他に恋愛を知らない)最初の恋愛だけがホントの恋愛」と書いている。最初は『これが唯一の恋』とおもえるけど、2回目以降は『またこの人とは別れて他の人とつき合うかも』という可能性を知ってしまっているからだけど。ロケットの打上もこれと似ていて、「これが最初で最後の打上」と思っちゃうんですよね。で、みんな必死になる。其所がまた良い。そんな初めてでびっくりで、大切な大切な体験をさせたい。それがまず1番目。
次ぎに、ロケットを作りに来た高校生は驚くことになる。なんと、先生(すなわち僕ね)がほとんど何も教えてくれない。教えてくれるのはたった1つだけ。「これから君達がロケットを打ち上げるに当たって、危ないことが3つ有ります。それをどうやったら回避できるか教えます。」ほんと、それでおしまい。で、ま、好きにやって御覧、と放り出されてしまう。普通、学校でやってきた実験というのは、材料から手順から全部渡されて、示されて、それをただなぞってやるだけなんだけど、そんな物は何もない。しかも、ロケットを打ち上げる・缶サットを搭載するといっても、その到達レベルは様々。でもそれも何も言われない。自分達でやりたいことを決めて、それはどうやったら出来るのかを自分達で考える。全くの自由な状態から、自分達でやるべき事も、やり方も考えていく。これが2番目。
そして最後は、気がついたら高校生の周りに大学生のお兄さん・お姉さん達が居るという状況。先生じゃない彼等と話しているうちに、「仕方ないなぁ」と手伝ってくれることもあれば放り出されることもある。その中で仲間と協力して作り上げていく。先輩達と仲間達。これが3番目。
この3つのことが僕がロケガ&ロケボを通じて実践して、経験させたいことだ。それは何故なのか?

例えば、ロケガ&ロケボを終えたときに、彼等には「これは自分達のロケット」だと思って貰いたいと思っている。「自分達のロケット」になっているかどうかの一つの指針は、なにかトラブルがあったりしたときに「誰かが助けてくれる」「誰かがやってくれる」と思わないことだと思う。それはまさに自分が何とかしなければいけない問題だと思えるかどうか?

もし、先生に言われるがままに作ってたら、絶対そんな風には思わないだろう。実際、ロケガ&ロケボのロケットはよく失敗するが(あ、ちなみに今日は2機とも、打上は成功しました。缶サットが今ひとつでしたが)、その時に「先生がこういったのにー」等と言う子がいたらそれは失敗だ。そうか、あの時に自分がこうしていれば・・・と思える生徒ばかりだったら、それは大成功だ。僕はそう思っている。
次ぎにそういう失敗をしないためにみんなが頑張るわけだが、何故みんなが頑張れたんだろう?と聞いてみたときに、「○○が頑張ってたから」という生徒が居たら、これは成功だったと思っている。例えば誰もが責任を負わないでほっぽり出していた事に対し、「これは自分が解決するべき問題だ」とちゃんと主体的に問題に取り組む人材が育ったとしても、往々にしてそういう人はとっても疲れちゃうことになる。だって周りは不理解だからね。何も火中の栗を拾いに行かなくても・・・といわれる。好きでやってるんでしょ?じゃ、しんどくても仕方ないじゃん、といわれてしまう。そんなときに何故頑張れるかと言えば、ふと隣を見たら、自分と同じように、必至で唇噛みしめて頑張っている人が居るからだ。これを僕は「リスペクトの連鎖」と呼んでいるけれども、先輩は後輩が頑張っているのを見てついつい応援してしまいたくなる。同僚も、同僚の頑張りを見て自分も頑張れるようになる。そんな関係を是非作って欲しいと思う。
そしてロケットを作り始めるわけだが、往々にしてそれは計画通りには行かない。しかしそういった壁にぶつかったとき、自分でそれに真剣に取り組む。友達と一緒にそれに真剣に取り組む。やってみて、試してみて、どうだったのか?出来なかったとしたら何故出来なかったのかを考える。自分が解決すべき問題として、仲間と協力して取り組む問題として。デモ時には、どうしても自分達の力では出来ないことに気がつくこともある。例え百万言費やしても、実際に物が出来てこない。成功できないことがわかってくる。その時、あれだけ雄弁だった彼女達・彼達も、静かになる。そして素直に先輩の教えを聞き、じっくりとそれを反芻して自分達なりの解決方法を見つけ出す。あの時の彼等の謙虚さは、本当にすごい。誰が本当にリスペクトできる先輩なのか。それがわかったとき、真摯に耳を傾けている。

実はこれ、そのまんま、これから高校生達が体験する人生そのものなんだけどね。人生、実は何をやっても自由なんだよ。でも、小さくまとまっちゃったりする。言われるがままに生きてしまったりする。でもふと思い出す。そういや昔、あんなとんでもないことをしでかしちゃったよね?と。笑っちゃうぐらい、へんてこな体験。人生でロケットを打つなんて、そんなことをやっちゃったけど、、、今だって別に何をやっても良いんだよね。それがどんな問題をはらんでいるか、その問題はどうやったら克服できるのか。仲間と助け合い、先輩の知恵を借り、自分がやりたいちょっとびっくりなことをどのようにしたら成し遂げられることが出来るのか?その一歩を踏み出せるのか?
そんな風に考えてくれる高校生が出てくれば、ロケガ&ロケボは大成功だ。

今年でもう7回目の開催を迎えようとしている「能代宇宙イベント」は、僕にとってはまさにそんな体験だった。
あはは、俺、こんなことやっちゃったよと笑った瞬間、ロケットガール養成講座は産まれた。そうか、こんな体験を是非経験して貰おう。そう思ったから、ロケットガール養成講座は産まれた。

ロケットガール&ボーイ養成講座は何を教えてくれる講座なんだろう?

実は、ロケットの作り方は教えてくれません。打上方法も教えてくれません。そこで学ぶことは全然別のことです。おそらく、ロケガ&ロケボに参加した高校生達は、二度とロケットなんて打ち上げないことだろう。
でも、彼等が大きくなったいつの日にか、「あ、今、私(もしくは俺)、ロケットを打ち上げちゃってるよ」っと、あの遠い日に、遥か大空に、真っ直ぐそそり立つ一筋の煙を残して飛んでいったロケットの光景を脳裏に思い出してくれたら、それがロケットガール&ボーイ養成講座が教えたかったことだ。

どうもお疲れ様。ありがとう。

・H22 ロケットガール&ボーイ養成講座 和歌山チーム終了

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