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個人の未来や幸せは、自分の力で掴まなければならない。他人に後押ししてもらって、段取りしてもらって、掴ませてもらった未来なんて物は、長続きもしないし本物でもない。結局は人は一人で戦って、未来を勝ち取らないといけない。
しかしそれじゃ、人が他人に何かをしてあげることは何もないのか?人が他人に何かをしてあげるというなんて事は、不遜な思い上がりでしかないんだろうか?
否、だと思う。特に社会に出る前の学生に対して、我々、大人と自負する人間が、何かをすることは、不遜な思い上がりではなく、むしろ義務であると思う。なぜなら個人の未来や幸せは、それは我々社会全体の未来や幸せと直結しており、それは自分のこれまでの幸せな暮らしを育んでくれた、先人達が我々に残してくれた大いなる遺産の継承でもあるのだから。

大学で、高校で、我々が学生や生徒に与えている、提示している社会を、変えなきゃいけないと思う。我々一人一人は、社会の中で、つまんない一人なんかじゃない。社会のある部分は、確実に我々の一人一人の意思と行動によって支えられ、変革され、受け継がれている。でもそのことを、きちんと学生や生徒に伝えられていない。
どーせ自分なんてたいしたこと無い存在だ、と多くの学生や生徒が思ってるとしたら、それは間違った教育現場だと思う。たいしたこと無いと卑下しないまでも、自分が社会の一員として、責任ある地位を占めているという意識を学生が持っていないとすれば、それは間違った教育の結果だと思う。みんなこうしてる、みんなそうかんがえている、自分だけがそんなことする必要はない。そんなふうにもたれ合うだけの生き方だけを教えちゃいけない。他人の活動の成果に助けられ、生かされている事は理解して感謝しながら、しかし自分は自分で、自分が信じる未来のために、それは自分の幸福の為だけじゃなく、社会全体の幸福にも繋がると信じられることを、着実にしっかりと、あわてずさわがず、盛り上がりすぎず、落ち込みすぎず、冷静に実施すること。そんな生き方を教えなきゃいけない。
正式にはこの春から始まる、大学の内外での闘いの前哨戦が、僕の近辺ではもう派手に始まっている。今年に入ってからの飛行機への搭乗回数は20回を越えてるし、最近は夜は寝ると言うよりも気がついたら倒れてたというのが正解、という毎日だ。プライベートはボロボロで、毎朝起きるのが辛い。職場に行くのが辛い。でも、やらなきゃいけないと思うからやる。そう考えられるように、自分を育ててくれた高校に、大学に、感謝している。

秋田大学は、この春から新しい教育を導入する。これは僕とボスが、この3年間試行錯誤しながら一生懸命考えた新しい教育理念に基づく教育だ。その為に、具体的にはまず3つの授業を開始する。
テクノキャリアゼミ:日本中から、文理を問わず、30代後半から40代前半の、社会の第一線で活躍する講師を招き、学部1年生を対象とする授業をおこなう。講師に話してもらうことは3つ。「自分は社会のどの部分を担っているのか」自分が居ることにより、社会のこの部分を確実に変えて言っている、といった自負を語ってもらう。「自分はどうやって社会で生きてきたのか」会社に入ってから、どのような人生を歩んできたのか。そしてその結果、どのようにして今の自負が生まれたのか。「自分が欲しい新人」今、職場で、どんな新人を欲しいと思うのか。そしてそんな新人になるために、大学生はこの4年間で何をすべきなのか。これを各界の講師に語ってもらうために、最適な人選を進めている。

ものづくり基礎実践:そもそも理工系の生産活動は、”言われたことをやる”ものではない。やることの必要性を理解し、その必要性を実現するために、最適な解を常に考え、行うべき事である。しかし今の大学での実験は、「こうやったらこんなことができます」と教えるだけで、「どうやったらより良く出来るのか」ということは全く考える余地がない。その為、「言われたことはきっちりやっておきました」でokだと思ってしまう。
ものづくり基礎実践では、繰り返し実験を行う。まず作らせる。そしてそれを吟味する。その製品がホントに良い製品だったのか?使い物にならなかったとしたら、何がダメだったのか?製造過程のどこが悪かったのか?必要があれば、それを検証するための方法も、自分達で考える。そしてまた作る。今度の製品はどうだろう?より良い製品になっているだろうか?使える物になっているだろうか?そしてまた検証する。そしてまた作る。これが、ものづくり基礎実践で行う授業だ。学部1年の後期に実施予定だ。

プロジェクトゼミ:現代の理工学は、その複雑な製品を作り上げるために、多くの人が係わって、それぞれの責任を果たして、作り上げている。これを学生時代から経験すること。それがプロジェクトゼミの目的だ。
プロジェクトゼミでは、学生達が企画・立案・実施を行う。年度初めに自分達のチームがやりたいことをまとめる。スケジュールは?分担は?目標とする成果は?そして自分達で、それに取り組む。秋口に一度、中間発表を行う。その結果、自分達のスケジュールがどうこなされてきたのか、各分担がちゃんと昨日していたのか、そして目指すべき目標に、どのぐらい近づけているのか。それを検証する。一人で出来ることはプロジェクトゼミのテーマにはならない。複数の人間が、それぞれが期日を守り、自分のやるべき事をやらないと成果が上がらない、そんなことがテーマになる。プロジェクトゼミを実践する課程で、チームの中で責任を担う意味や、チームがより良い物を生み出していく喜びを学ぶ事が目的だ。そして再びチームによる自主活動。年度末に、また自分達の活動を振り替える。自分達はどんな成果を生み出せたのか?生み出せなかったのか?それはどんな原因による物なのか?それをちゃんと、自分達の頭で考える。体で理解する。それがプロジェクトゼミだ。学部2年の通年を考えているが、プロジェクトへの参加は全ての学年に開かれている。

高校生に対しては、缶サット甲子園と、ロケットガール&ロケットボーイ養成講座を実施する。
もちろん、高校生は我々大学教員の範疇ではない。しかし我々がやりたいことは、「人を教えることが出来る人材を育てること」である。小学生は中学生に教わり、中学生は高校生に教わる。高校生は大学生に教わり、大学生は社会人に教わる。そんな関係を、再び作り上げたい。技術は盗まれるかも知れない。真似られるかもしれない。しかし人を作り上げるスキームは、決して無駄にはならない。技術がいくら盗まれても、真似られても、人が育っていれば、いつでも新しい技術は作っていける。そんな社会を作りたい。
缶サット甲子園やロケットガール&ロケットボーイ養成講座では、いつも近くにお兄さん・お姉さんがいる。自分達よりも、ちょっと上を目指して頑張っている、お兄さん・お姉さんだ。だから自分達も目指せる。そして目指す。お兄さん・お姉さん達もうかうかしてはいられない。着々と、自分達の後輩が育ってきている。それを教える課程で、自分がどこがわかっていなかったのか、どこに躓いていたのかに気がつく。そして自分自身が学ぶ。自分が実現したい未来のために、自分に協力してくれる仲間を作るために、高校生に教える。一緒に活動する。それが、缶サット甲子園やロケットガール&ロケットーボーイ養成講座が目指すことだ。
缶サット甲子園は全国の高校を対象に実現する。春にはその案内が、まずはweb上で、次には全国の高校にポスターで、実施される予定だ。ロケットガール&ロケットボーイ養成講座は、秋田大・東工大・和歌山大を3拠点として、地域ごとのチームを結成して実現する。全国規模で実施するから、僕が今、日本中を飛び回っているわけだ。

いずれも高校生を対象とした事業であり、その内容は面白くもあるけれども危険でもある。小中学生を対象としたこういった実践的な授業は既に多く開発されているけれども、高校生に対しては驚くほど少ない。何故か?それは危険だからだ。子供だましじゃ高校生は満足しないし興味も示さない。それが危険だけど、やるだけの価値があるから、満足する。興味を持つ。しかしそれをやる方の大人は大変だ。何かがあったら誰がどう責任を取るのか?そんなことを常に考えながら実施する必要がある。しかしその責任を軽減させるために、やるべき内容をどんどん矮小化させてつまんなくさせて、子供だましの遊びにしてしまったとしたら・・・・それは本末転倒だ。「やればよい」のではない。「理念を実現するためにやらなければならないことをやる」のだ。日々官僚化が進む社会の中に於いて、これはホントに大変な事だ。形だけが残り、精神が失われていく。それじゃいけない。やらなければならないことをやる。それによって育った高校生が、大学生が、またやらなければならないことをやる大人に育つ。そうやって社会は維持されてきた。そして僕も育ってきた。だから僕はやる。

萩に行ったことがある。とても静かな海沿いの街だ。丘の上に、松下村塾と、その塾生達の墓がある。とても静かなところだ。
しかしその松下村塾で学んだ塾生によって、日本の近代は大きく変わった。江戸から明治に至るあの時代は、松下村塾の学生が居なければ、きっと違った形の未来を生み出していただろう。日本の片隅の、小さな小さな港町。そしてそこにある、とても小さな塾。そこに通った一握りの人間が為し得たことが、何故にかくも大きくなり得たのか?それが僕にはとても不思議だった。
特殊な人達が、たまたま同じ時期に、同じ場所に集ったのか?
否。
松下村塾は、日本のどこにでもあり得たのだと思う。理念をもち、それを実践すべきだと思った人が、松下村塾を起こした。そしてそれを支えた人達が、あの活動を生み出した。僕はそう思う。
こう書くと、自分を吉田松陰になぞらえているようで不遜な態度になってしまうけど、まぁその辺の意味のない話は置いておいてもらって、最初に戻ろう。それが大いなる勘違いかも知れないけれども、やらなきゃならないとおもうことが僕にはある。とっても毎日辛くても、しんどくても、それをやるだけの価値があると、僕に思えることがある。だからやる。今日も、明日も、明後日も。
きっとここにも、あそこにも、そんな風に考えて居る同志が沢山居る、そう僕は思っている。いや、そう感じている。その事実を知っている。それぞれが信じることは違っても、やっていることは違っても、根っこは一緒だ。やらなきゃならないと思い、その為に遮二無二頑張っている人達が居る事が、僕にはとても大きな救いだ。しんどいね。だけど、今日も頑張ろうよ。たまには息抜きに大騒ぎもしよう。でも、また朝になったら頑張ろう。我々が信じる未来のために。

追記)JAXA宇宙教育センターのブログに、こないだの調印式の日の写真が載ってた。的川先生の後ろ姿と、ランチャーに乗ったロケット。ロケット作ってますの看板。泣けた。

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