能代宇宙イベントは、みなさんの御協力もあり無事成功しました。その話もかきたいしその後のハワイでの観測の話しも書きたいのですが、まずは日付を遡って終戦の話しを一つだけかかせてください。能代宇宙イベントの開催にあたり、友人の村田君には大変大変御世話になったわけですが、彼と能代に行く途中に話していた話からこの件を書く気になりました。村田君はまだ25なんだよね
先日起きた都内での震度5の地震の時に、地震発生時に都庁に15分以内だったかに駆けつけることが義務づけられている職員が居るらしいんだけど、そのほとんどだかなん割だかが駆けつけなかったという問題が、テレビで話題になっているらしい。彼等はその為に都心に安く住居を提供して貰っているはずなのに、どういう事なんだ?と言うような話しらしい。村田曰く、”そんなの人間、まずは家族を守ろうとするのが当然なんだから仕方がないじゃんか”なるほど、なるほど。
この問題に関しては、その問題の是非を問うのもまぁいいけど、それよりも社会が災害時にも機能するためにある一定の人員を確保しなければいけないわけで、その為に確保されたはずの人員が別の気がかりなこと(家族の安否とか)に気を取られて動けなかったというのであれば、それを保証するような何か対策を考えるのがベストな考え方だと思うけど、僕が気になったのは”家族を守ろうとするのが当然”という彼の考え方だった。まずは身の回りの家族に想いを馳せるのは、確かに人として当然だろうけれども、そうすると終戦間近に特攻で死んでいった先達の気持ちは、彼にはわかんないんじゃないかと思う。もちろん僕がわかっているのかと言われたらそれも確信がある訳じゃないけど、少なくとも僕は思いを馳せようと頑張っている。
最近の若い人は、等というと一気に自分が年を取った気がするから使いたくは無いけれど、最近の若い人は驚くほど本を読んでいない。そして驚くほど自分のルーツに関して学んでいない。もちろん日本は数千年にも及ぶ縄文から続く歴史を持っているわけだけれども、そう言う歴史もさることながら近代史、戦前・戦中・戦後と、我々の祖先が何を考えて来たのか、何をやってきたのかを学ぶ気もないし興味もないように思える。これはとっても残念なことだと僕は思う。もちろんなんとなくイメージで物事は捉えているけれども、それをもっと深く知るにはその時代に生きた人達の声を聞くべきだと思う。もちろん存命の方は年々少なく成り続けているわけだけれども、彼等の残した書籍は今だって手にすることが出来る。
”わだつみの声”は、学徒動員で死んでいった先達達の手記だ。死を目前として、淡々と彼等の心情が綴られている。彼等の時代はある意味非常に単純だった。自分が体当たりしてでも敵機や敵艦を落とさないと、それこそ砲弾が降ってきて自分の家族が死ぬわけだから、年老いた両親を残していくことにだけは未練を残しつつも、それが全体としては両親に生き続けて貰うための方策だと彼等は信じて疑っていなかった。そのことの是非を論じるつもりは全くない。彼等は戦術面で精一杯闘い、死んでいった。戦術が悲劇的な物であったとするならば、それは戦略面での誤りであり彼等に非があるわけではない。戦術レベルで彼等をそうなさしめた戦略立案者が問われるべき責任である。国を守る事が家族を守ることと一体であった時代、彼等は次々と責務を果たし死んでいった。終戦まで連合軍にとって日本人は脅威であったが、天皇の終戦宣言の後、ぴたりと武装抵抗をやめた日本人は驚愕の対象であったことはいろんな書物で読むことが出来る。彼等は国を守ること・家族を守ることが一体であったからこそ、かくも勇猛に闘い、かくも大人しく闘いを辞めたのだ。
戦後の復興期を経て、世界中を覆った学生運動の並に日本の若者達も巻き込まれていく。この時代の若者を突き動かした物も、やはり家族を守りより良い社会を気づいていくためには自分達の社会的な運動が必要不可欠であるという思いからだろう。学生運動で犠牲になった樺美智子さんが、運動に出る前に両親に残した手記がある。今こうしているときも、外から仲間達の声が聞こえる、自分はその中に身を投じる事をどうしても辞めることが出来ないという心情を綴っている。もちろん彼女はまさかそこで自分が死ぬことになるとは思っていなかっただろうが、逮捕拘留されてしまった場合の両親にかかる迷惑を心からわびながらも、自分の信じる正義のために出かけていくやむにやまれぬ心情を綴っている。
学生運動は何故起こったのか?そして何故崩壊したのか?これは団塊の世代の先輩達は、自分達自身の問題としてずっと考えてきたことだろうから、僕が解説めいたことを書くのもはばかられるが、結局の所は価値の多様化に起因するのではないかと思う。学徒兵にとって正義は単純であった。敵を倒し家族を守る、それだけだ。学生運動に参加した学生達にとっては、最初は帝国支配を排除することで民衆の自由と平和が守れると信じていたが、段々と自分達の正義が本当の正義なのかどうかわからなくなってきた事が、学生運動終焉の大きな要因だろう。その中で、所得倍増・世界経済の中で日本経済の優位性を確立することが大きな目的となり、豊かさを求め経済活動を邁進していったのも団塊の世代の業績である。そしてその子供として育った我々は、ますます多様化する社会の中で、様々な善悪に囲まれ、豊かさを空気や水のようにありがたみも感じることなく生きている。そして”まず家族を守ろうとするのが当然じゃん”と考えている。そう、確かに家族を守るというのは善として考えられる究極的に当然の事柄だからだ。その点で、我々と学徒兵と、学生運動に参加した学生達とは何ら変わることはない。
京大の入学式で、学長の祝辞の最後の一節を僕はずっと覚えている。学長室の壁に学徒動員で出兵する学生達を見送る絵が飾られている話しだ。このことに関して彼は多くを語らなかったが、自由の府としてあったはずの京都大学において、このような歴史を歩んできたことに関する認識を新入学生に是非知って貰いたかったのだろう。彼は祝辞の最後を、”みなさん、自由とは厳しい物です。精一杯学生生活を送って下さい。”と締めくくった。
戦前の歴史があり、戦中の歴史があり、戦後の歴史があり、そして我々が今ここで生きている。それぞれの時代、我々の父祖の時代に、どんなことを考え、どんなことを信じ、そしてどんな風に生きてきたのか。これを知ることは、非常に重要だと僕は思う。そしてそれを踏まえた上で、戦後の日本の責任を論じ、社会を論じ、世界の中でのあり方を論じ、一人一人の生き方を考えて、生きるべきだと僕は思う。それ以外に、我々を守るために戦ってきた先達に恥じずに立てるすべを僕は知らない。そしてそれなくして、我々が守るべき物が何かを理解することは出来ないと思う。
自由に生きればいい、でも、自由とは厳しい物なのだ。

・終戦日

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・終戦日” への7件のフィードバック

  1.  へへえ、秋山さんがこういうことを書くとは。
     歴史を知る者すら、かつて父祖が犯した愚行を繰り返す。まして歴史を知らぬ者においておや。
     自分の学生時代を思い出せばアホでしたから、今の学生もまあ阿呆なんでしょう。阿呆を阿呆に終わらせずに、少なくとも最初の種子だけでも彼らに植え付けるのは、我々の役目でしょうね。
     ちょっと利益誘導してみる。「学生諸君、歴史を学んでおくとつまらん失敗を繰り返さなくてすむから、ずっと楽に得できるぞ」…私が書くと嘘くさいですね。

  2. その昔、”営利目的誘拐”という言葉を初めて聞いたときに営利目的じゃない誘拐なんてあるの?とか子供心に不思議に思ったものですが、あれですな、松浦さんのは”営利目的教育”ですな(笑)

  3. こんにちは、はじめまして。
    能代、大成功おめでとうございました。
    そして、お疲れ様。
    能代イベントを陰ながら応援していた者です。
    大喜び、鼻高々モードで登場とおもいきや、いきなり「終戦」の話で驚きましたが、逆にあれだけのことをやっておきながら、即刻手柄自慢に走らないところに、秋やん(知らない人なのになれなれしくてすみません)の大きさ、かっこよさを感じました!
    歴史を学び、社会を学び、自由とは何かを考えることはとても重要。
    でも、地震が起きたら「まず家族」もある意味正解。自分が本当に守らなければならないものは小さいものです。
    トップダウンも大切。でもボトムアップも大切。唐突ですが、プログラミングと似ているな〜と思いました。

  4. エー(^_^;
    そんなによいしょされると調子に乗ってしまうのでほどほどで(^_^;
    終戦の話しは、あれですな。学生とかにはうざーいとか思われるかもと思いながらも、最近毎年終戦時期になると、やっぱりこういうのはちゃんと話さないとと思う気持ちが強くなります。戦後60年。既に実体験として語れる人がどんどん減っていってるのに、未だ評価が定まっていないというのは悲しいことだなぁと思います。
    ちなみに僕は右翼でも国粋主義者でも無いので念のため(^_^;どっちかっていうとアナーキストです;

  5. 今は水戸です。
    ネッツワークエンジニアに転進しました。
    名指しで発注してくれたら時給が20円アップするので
    機会があればお願いします(笑

  6. おお、お久しぶり。今は筑波でしたっけ?
    元気ですが飯を喰う時間も無いぐらいバタバタと走り回っております;

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