最近、「パンドラの箱を開けちゃったかな?」という気がしないでもないです。まぁでも、僕がやらなくても、いずれ開いちゃう箱だったんだけどね、とも思いますが。何故か?
これは経済やってる人間なら一度は見たことがある図だと思いますが、良く言われる「国民総生産(GDP)」と言われるのは、蛇口から注ぎ込まれる水の量を表しているわけです。それに対して「国民総支出」というのもあって、これは風呂桶から流れ出ている水量です。ホントは『国民総生産=国民総支出』なんですが、これはいわゆる「貯蓄」も「支出」に入って居るからです。なのでこの図で言えば、左から出ているのは『国民総支出-貯蓄』です。貯蓄はどんどん溜まって、それがstock、すなわち国富になる。厳密に言うと色々とちょっと違うけど、でもまぁそんな感じで理解しても間違いではないと思います。
日本というのは戦争で国土の大半が燃えたわけです。すなわち、国富は限りなく少なくなった、と。で流入量も少なくて、流出量が多いから、戦後はもっともっと国富が減少して貧しくなったわけです。そこで奮起したのが戦後の人達だったわけで。その甲斐あってGDPは順調に成長して、今の繁栄を築いたわけですが。。。
ここでGDPの変化を見てみると、日本のGDPは3段階に変化していることがわかります。まず一期目は1956年〜1973年の高度成長期。GDPの平均成長率は9.1%です。社会人になりたての大学生をイメージしてください。学生時代の貧乏生活だったのが一転、安定して給料が入ってくる。しかもその給料は毎年9.1%増え続ける。どんどん生活が豊かになりますよね?貯金(国富)も増えます。それに従って支出も徐々に徐々に増えていきます。それがこの時代です。
第二期は1974年〜1990年。今の学生にはぴんと来ないでしょうが、石油ショックを期に日本の経済は大きく後退します。といっても、それでも平均GDP成長率は3.8%。まだまだ給料は増えてます。しかーし。実は人間、一旦裕福な生活に慣れると、なかなか貧乏暮らしには戻れないのですね。またちょっとづつ、ちょっとづつ、生活はそれでも贅沢になるという物。すなわち、流出量は徐々に徐々に増加していくのです。もう一つ、重要な事は「余剰金で生きる人が増えた」事でしょう。生産には貢献しなくても、お金転がし・土地転がしで、貯まった国富をかすめ取って生きていく人達がたっぷり増えたことです。しかも真面目に働くよりずっと巨額の富を得る。外から金を稼いでくるよりも、貯まった金をかすめ取った方がよっぽどおもしろおかしく暮らせるんだから、そりゃみんなそっちにどっと流れますよね。
第三期目は1991年〜2007年。バブルが弾けた時代、です。この時期のGDPの成長率は、わずか年1.3%。でも長年続いた贅沢暮らしから抜けれるわけもなく、貯金(国富)を切り崩しながら支出(流出量)は増え続けていく。これが今の日本です。まぁまだ蓄えた国富は残っていますが、、、でもそれもどんどん減っている。先日、35歳の平均年収が10年前に比べて200万円減ったという話しがありましたが、そうです。今起こっているのは「緩やかな日本経済の死」です。でもまだ何となく食べていける。だからみんな危機感はない。何となくの先行き不安は感じているけれども、甘い汁(国富をかすめ取る)生活を見せつけられてきた子ども達はその夢が忘れられない。実際問題、今定年退職している世代はおそらく最後の「逃げ切り」世代で、退職金もがっぽり貰ってリタイヤしているんだから。若者が「少しでも給料が高い」「仕事がちょっとでも楽」「責任も取らなくても良い」生活を追い求めても止められないですよね。だって長年、それを追い求めた人が国富をかすめ取って楽しく暮らしているのを見てきたわけですから。
しかし残念な事に、貯金(国富)はもうすっからかんなんですよ。だから高度成長期には10人に3人は上手いことやって生きてたかもしれないけど、もはや1000人に1人、いやいや、10000人に1人しかそんなラッキーな奴は居ない。そんな社会になりつつあるのです。しかし夢冷めやらず。未だに僕の所に、「どこの会社に行けば『宇宙開発』の仕事が出来ますかね?」とか言ってくる学生が絶えないわけです。あほかと。もともと、宇宙分野なんてすっごいすくない分野別GDPしかない分野なんですよ。どこかに行ったら誰かが手取り足取り準備してくれて、会社辞めるまでずーーーっと宇宙に係わる仕事が出来たりするわけがない、と。業界にストックされている貯金はほとんど無いんだよ。しかも昨今、それはどんどん減ってるんだよ、と。そのことにまず気づこうよ、と。

とまぁそんな時代なので、誰かが餌を運んできてくれたら食べましょうというような「スプーンフィーディング」な人材じゃダメだというのが、僕が和歌山大で進めている教育改革の本質です。
一方、国富がどんどん減少する時代にあって、やはり国としてはGDPを増やせるような施策を打たねばならないわけです。しかし日本の宇宙開発は産業としては全然成功していない(5ページ目左下)わけです。産業規模も小さいし、海外輸出にも成功しているとは言い難い。しかも、ほとんどは官需。すなわち、税金で無理矢理動かしているだけです。たとえば産業用ロボットでは日本は世界の中でも大きなシェアを受けていますが、国が投資している開発予算は年間100億円に過ぎません。一方で宇宙開発は毎年、2600億円近い直接予算が振り分けられているのです。どうなのよ、その費用対効果は?事業仕分けしちゃいますよ?というような議論が起こるのは、そりゃまぁ必至なわけです。

日本は何故、宇宙開発をやるのか?それを根本的に考えるべき時期が、既に来ているのです。マーチがツッコミで書いてたように、「既に宇宙開発産業に従事している人達を食べさせるため」だけに日本は宇宙開発をやってるんじゃないか?」というように思われても仕方がないような事をやっちゃダメで、きちんと「何故やるのか」を主張できないとダメ、なんです。

一方で、この日記でも何度も書いているように、僕は「官僚がビジョンがないからだ」とか批判するつもりは全くありません。むしろ、「日本の官僚は非常に優秀」だと常々思っています。しかしね、考えて見てくださいよ。毎日毎日業界の各分野から陳情が来て、その対応もしなきゃいけない。飛び出たことをすると出る杭は打たれるこの国の風土です。ちょっと毛色の変わったこととか、業界の序列を無視したことを言うとバシバシ叩かれる。おまけに普通に生活していても贅沢と言われ、国の未来を考えてその重責を担ってるのに薄給で毎日残業続き。おまけにどこ行っても公務員だという理由だけで叩かれる。飲み屋で羽目を外してたらそれだけでバッシング。どですかね、そんな生活。そりゃ、毎日、とにかくなるべく責任を取らされてトカゲの尻尾切りされないように、調整型に徹して、ごくごく平凡に、異論が出ないように常識的に、生きざるを得ないでしょ、そりゃ。まぁ全部とは言わないですが、日本の官僚が政策を打ち出さないとしたら、そりゃ多くの部分は国民の態度がそれを促してるんだと僕は思います。
一方で官僚側にも問題があって、一番思うのは有識者の使い方ですかね。有識者会議というのはどの分野でも設定されてるんですが、会議の取り纏めは事務局(官僚)がやるわけです。それで

  • めんどくさそうな人は最初から有識者に選ばない
  • 会議を開いても1ヶ月に1回とか2ヶ月に1回
  • 議論はするけど最後は「じゃ、文案は事務局の責任で書きますので」となって、結局は丸められた官僚主導の無難な文章に落ち着く
  • とまぁ、あれですよ。民間企業の「総会屋対策」しまくりの「株主総会」状態なんですよ。なので異論反論が無くてしゃんしゃんでまとまる。5分で終わる株主総会がベストなわけです。波風を嫌う国民性がそれを求めたと言われたらそれまでですが、、、、うーん。高度成長期ならいざ知らず、一か八かという表現は良くないけど、ぎりぎりまで考えて、ぎりぎりのところで日本の生きる道を探る。その政策に責任を持つには、そのやり方はやっぱり×だと僕は思います。もっと有識者を上手く使えばいいのにね、とも思うんですが。「だって有識者の人がそういったんだもん」とかね。まぁそれはそれで無責任だと思うのかもしれませんが。

    いずれにせよ、国民がなんか官僚を毛嫌いし、そのくせ政治家も国民も政策を真面目に考えない。出てきた政策をバッシングするという状況は、宇宙分野に限らずホント、不幸です。何とかしましょう。何をするか?それは、我々がもっともっと真剣に、日本は何故その政策を実行するのか?何故宇宙開発をするのかを、真面目に、議論すべきなんだと僕は思います。

    というわけで、今日も真面目に考えてます。「日本は何故、宇宙開発をするのか?」官僚の方々にも、政治家の方々にも、そして我々も、是非是非この点を考えましょうよ、この機会に。この機会って?そりゃ、アメリカの宇宙政策の大きな変換点に立ち会ってるわけですから。外圧で動くとなんだか黒船来襲的で、それこそ日本的ですが、まぁ考えないよりもずーーーっとましかと僕は思います。

    しかし・・・昨日/今日あたりから、アクセスログが・・・(^_^; まぁ、極めてまっとうなことを言ってるつもりなので、別に気にすることも無いわけですが。より良い日本の宇宙開発を行いたいです、ハイ。

    ・日本は何故宇宙開発をするのか?

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