もうあれは2年半も前になる話しだけど、秋田はウン十年ぶりの大雪だった。東海大からはるばる、”旅費はいりません!”と秋田まで、うちの学生にロケット作りのなんたるかを教えに来てくれた和田君と堤君を乗せた僕のカリーナFFは、”これ、ホントは4駆ですよね?”と言わしめるような走りを見せていた。除雪されていない校内を、まるで海の上を走るクルーザーのように波ならぬ雪をかき分け走ったものだった。
更に遡ること6年前。首都高神奈川線、ベイブリッジ上を通行中にいきなりタイミングベルトが切れておしゃかになってしまったRVRの後継機として、急遽、中古車店から安く買ってきたのがカリーナ君である。あの頃はまだ大学院に居たんだよなぁ。社会人やりながら、だけどね。その後、技研勤務から現場勤務になり、静岡のトンネル現場に転勤。週末だけ、静岡から神奈川に戻ってきて、また週明けに静岡へ。この先どうしよう?と考える日々だったね。それから一念発起して会社を退職。その後、たまたま来まった秋田にも、カリーナに乗ってやってきた。
秋田で始まった生活。知り合いは呼んでくれた佐伯先生しか居らず、そんな中で秋田の友達を作ろう!と、様々な連中とバーベキューとか遊びに行ったのもカリーナ君。村田と知り合ったのも丁度その頃だった。
糸川先生が秋田で初めてロケットを打ち上げて50周年になる2005年を前に、2004年から能代で一大宇宙イベントをやろうとカリーナ君に乗って走り回ったっけ。能代の会場は、凸凹の未舗装道路。秋田大と会場、能代市役所、秋田県庁、地元の自治会の人達の家。ホント、よく走り回った。毎年夏になるとカリーナ君は埃まみれでどろどろだった。
冬になって、雪が多くなってきたときに、村田がエンジンのリモートスイッチをつけてくれた。あれはホント、助かった。雪の多い冬になったからね。
僕が運転に疲れると、村田が運転をよく代わってくれた。あいつに運転させると、シートが思いっきり後退して、しかもすっごい斜め座りなんだよね。背もたれが倒れすぎーって、いつも思ってた。忘れもしない今年の4月13日。大学院に入学した村田と、他の院生仲間達、土岐先生と、初ゼミを終わらせてから初めての懇親会へ。とっても楽しかった。すっかり酔っぱらった僕に変わって、カリーナ君を運転していたのも村田だった。土岐先生を送って帰ろうとしたんだけど、”ラーメン喰うぞ!”って土岐先生の命令で市役所脇の末廣で3人でラーメンをたらふく食った。それから村田の運転で土岐先生を送ってから、大学に送り届けて貰ったんだけど、僕は助手席で酔っぱらって寝ていたわけで。村田が車を降りて、教官室に歩いていく後ろ姿をぼーっと見送っていた。思えばあれが、あいつを見た最後だっけ。その夜、外はものすごく激しい雷雨で、僕はカリーナの中でぐっすり安心して寝ていたっけ。
村田が事故にあったと聞いて、本荘まで呆然としながらカリーナで向かったあの夜。タクシーで駆けつけた土岐先生と一緒に、半分泣きながら、カリーナで秋田に帰ったな。あのあと、何度本荘までカリーナで通ったんだろう。
今年もまた、能代のイベントの時期が始まって、一人でカリーナに乗って能代に向かったあの日。なんだかすっかり悲しくなった帰り道、たまたま村田のお父さんから電話があって、なんだか不思議な気分だった。
そしてカリーナが僕のものになってから、3回目の車検時期を迎えた。ディーラーで事前チェックして貰って言われたのが、”車検通すと信じられない金額になっちゃいますねー。”そう、カリーナはこの6年間の僕の波乱の人生につき合って、すっかりボロボロになっていたのだった。今日、廃車にしてきた。お別れしてきた。

人も、物も、どんどんと僕を通り過ぎていく。村田が居なくなったとき、とても寂しかったけど、カリーナに乗ると良く彼を思い出すことが出来た。でもそのカリーナも、今日お別れしてきた。
いつか、秋田大から僕が去る日も来るのだろう。能代からも遠ざかる日が来るのかも知れない。いろんな思い出が詰まった場所や、物や、大好きだった人達が、僕を通り過ぎていくのだろう。もちろん僕の中には、大切な思い出として残っている。でも形が崩れ、段々と記憶が薄れ、そして全てが混然となっていくのかな?そしていつか僕も去り、静かに、段々と、消えていくのかな。
そんな沢山の人の想いの果てに、今の僕が居る。そして今の僕の想いの果てに、また沢山の人が生きていくのだろう。それはそれで全然悪くない。でもいつか、カリーナ君のことを誰も知らない時が来るのが、ちょっとだけ悲しいね。
ありがとう。君はいつも僕の友達だったさ。ばいばい。

・愛車の廃車

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・愛車の廃車” への4件のフィードバック

  1. 村田が太平山で僕の車を運転したときは、ブレーキから煙りが出てました。。仰天。そんな僕の愛車も今年車検で、どうなることやら。
    っと、そういえばこの間MACのパーテーション切って、OSインスコしてそのままでした。鈴木くんがなんとかしてくれたでしょうか。
    さて、そろそろ本格的にはやぶさ楽曲に取りかかろうと思うのですが、可能でしたら基本になるデータを一部でも全部でもいただけるとうれしいです。しばらくはどの数値をどこのMIDIコントロールチェンジに置き換えるかの作業になると思います。
    といいつつ明日から中継のために藤里町に行きます。来週頭辺りに顔出しマース。

  2. あの車にはしばしばお世話になりました。
    カリーナ君。
    私にもこの車には、彼の思い出が残っているように感じていました。
    彼がそこにもいるような気がしていました。
    だけど、
    またひとつ、彼に関するものが消えていくんですね。
    正直言うと寂しい。
    でも、そんなこと言ってもどうしようもないですね。
    カリーナ君、お疲れさまでした。
    ありがとう。

  3. よっ、カリーナ。
    去年は、世話になったな。
    今年は、うちの女高生が世話になる予定だったんだけど。
    あっちで、G-TAWNと遊んでくれ。
    じゃな。

  4. 今日、あ、そうだ、久しぶりakiakiさんのHP見よう!って、思いたって、今お家に帰ってきて、ウキウキでパソコンのスイッチ入れました。
    カリーナ君のこと読ませていただいて、胸がキュンってしちゃいました。
    お別れは、私の人生の大きなテーマで(最近そう捕らえられるようになった)、akiakiさんの過去のHPで読ませていただいた文章でかなり(とても)癒されたことがあって、感謝してて、akiakiさんは私の心の中でひそかに大事な人なんです。
    会ったことないし、これからも会うことないと思うけど。
    思うんだけど、村田くんはakiakiさんの心の中でずっーと生き続けているから、一緒だから、これはホントだから、何を言いたいのか分からないけど…悲しまないで。
    って、お別れ想像しただけで泣いちゃう私が言うのも何ですが…最近、そう思うんだ。

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