以前、秋田大におけるビラ配り事件とその顛末を御紹介しながら、大学自治に関する話しを書いたけど、今回はその2つめの事件簿。ちなみに今回も僕は当事者じゃなくて、関係者からのヒアリングで書いているので、もし間違い等が有ればいつでも御連絡下さい。

<事件の経緯>(ただし学生側からの視点のみ)
事の発端は、学生が自主的なイベントを企画し、その案内用の立て看板を大学生協前に展示したいと申請書を書いたことから始まる。この手の企画を学生がやるときはゲリラ的にいろいろとやっちゃう物だけど、この学生,
とりあえずそれなりの書類を作って学生部に提出。「大学の生協に立て看板を出したいんですが」、と。ここで対応したのが学生部のとある人物、「こんなのは認められーん」と却下。

ちなみにその話し過程で、「こういう勝手な看板を認めだすときりがないんだ。ものづくり創造工学センターの前にも勝手に看板が出てるだろ?ああいうのが蔓延する事になる」と言ったと僕のところには伝わってきていますが、えーと、そういうことは直接、言いに来てください。ホントに文句があるならね。せっかくの機会なのでこの看板に関して説明すると、今年度からの新規事業に対する準備が間に合わなかった緊急的な移行処置として設置されています。なんせ平成21年度以降のかなり多額の予算獲得のために必要な平成20年度の単年度事業で、大学の事務に任せると普通に半年は何も出来なくて終わっちゃいますからね。センターの建物改築後には、その壁にもっとちゃんとした物を設置することで話しが施設部と進んでます。
〜閑話休題〜

まぁ却下ぐらいなら良くある話しなんだけど、そこでこの担当した人、学生が書いてきた書類を、目の前でゴミ箱にポイしたらしいんですな。これで頭に来た学生、怒りが納まらず、学長に直訴文を書くことに。この過程で、他の事務員も「そりゃひどいー」と学生を応援してくれていたようですが。
直訴文を受け取った学長はすぐさま担当副学長に連絡。副学長は学生を呼び、「君のような学生には頑張って貰わねばっっ!!」と大激励。
で、結局どうなったかというと、生協前に立て看板が無事立っています。

さて。ちょっと今回は、この話を紹介するだけで無くて、以下つらつらと僕の感想とか意見を書いてみました。
1)まずはこの学生が、「きちんと文章を書いて事務組織に申請を行った」点がgood job。もちろん何でもかんでも書類化するというのは官僚機構の悪い点ではありますが、しかし今回の彼の目的はそこの改革ではなくて、看板を掲示する点。その事に関して、まずは既存のシステムに合致するようにきちんと行動をしているのは、「システムの破壊」ではなくて、「システムの改良」とも言えるので良いと思います。
2)最初の事務官の対応で、うちのセンターを上げて学生にあーだこーだというのは論外として、その場で書類をポイ捨てするのは大愚行。それはそもそも、自分達が築いてきた書類文化に対する冒涜だとも思うんだけど。ただ気になるのは、どーしてそんなことしたんですかね?そこそこの要職に居る事務官であれば、絶対書類って捨てないと思うんだけど。むしろコピー取って5年ぐらい保存しそうなのが、いつもの感じなんだけど。ここがちょっと僕の中でも違和感有り。
3)書類をポイ捨てされた学生、その直後に別の事務窓口にクレーム(というか愚痴を言いに?)行ったみたいだけど、ここはすぐさま、その場で、抗議をすべきだったでしょう。そこで言い争っても意味無しと判断した戦略的撤退というのはまぁあり得ると思いますが、しかしどうなんだろうなぁ。まずはそこできっちり抗議をすべきかと思います。<もっともここのところはその学生に詳細を聞いていないので、抗議したのかもしれないですけどね
4)学長に手紙を送った点。ここ、一番価値判断が難しいですね。前回ははっきり書きませんでしたが、結局この「水戸黄門の印籠」によって守られる正義という物は、どう考えるべきなんでしょう?
まず学長サイドから見れば、今回の対応は全く問題なしだと僕は思います。しかし学生サイドから見ると、結局のところ上からの改革に頼っちゃったわけですよね?確かに、それしか方法が無かったのかもしれないけれども、それは本当に改革なんだろうか?と思います。良い学長の下では正義が守られても、それは同時に、悪い学長の下では正義が守られないことになるのでは?
このあたりは、その当事者じゃないと分からないんですけどね。当事者がぎりぎりまで頑張って、最後の手段として権威を借りるというのは、一概に悪い事じゃないと思いますので。なので、本来的にはこのあたりをもう少し、全ての当事者サイドで情報を公開してくれることが、今後の大学自治のためにも良いのですが。
5)その後の事務対応について。結局、看板は掲示されているわけです。この過程において、最初反対した学生部がどのような行動を取ったのかは全然伝わってこないので分からないのですが、どうだったんですかね?
「学内に無秩序に看板を立てることはよろしくない」という考え方、僕は賛成できないけれども、しかしそれなりの説得力があると思います。とりあえずはそれを論拠とする人と議論することは、まったく嫌じゃありません。今回、事務方がその論拠で却下したならば、どうしてその論拠を取り下げることにしたのか、そここそを聞きたいとおもいます。それが矜恃という物だと思うのですが。
6)前に石垣カフェの時にも書きましたが、大学における活動において、事務の人達の存在ってとても重要なのよ、ホント。今回は学生に対立する事務官と、学生を擁護する事務官が居たというのはある意味健全だったと思います。個人的には学生を擁護した事務官に、エールを送りたいと思いますが。
7)で、結局何が重要かというと、こういう事例に関して、何があったのか、そしてどんな顛末だったのか、そこからみんなが何を感じ、何を考え、そして次ぎにどうしていくのか。ここが重要なんですよ。結果として看板が出たことが重要なんじゃなくて、その過程で大学と学生が何を共に考えたのか、そしてどんな結論を得たのか。大学の自治は、そこから始まるんじゃないでしょうか?

・大学自治 その2

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・大学自治 その2” への2件のフィードバック

  1. 学生の(ある意味で)手綱を引いている教員から、「良い学長、悪い学長」という文言が自然に出てくるのが、ある意味今回の顛末を象徴しているような気が…学生さんにも普段そんな意味合いのこと言ってませんか?

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