今日は世間では祝日らしい。しかし文科省からは書類はまだかとの矢の催促。さて、働きに行くべきか行かざるべきか、うーんと悩んでいたら、なんと天文台の潤一さんから電話。”実は今、秋田に向かってるんだよー”えええw 旅行のついでにちょっと寄るだけらしいのだが、嬉しいじゃないですか、わざわざ連絡してくれるなんて!。というわけでいそいそと会いに行ってきましたが、そんなこんなで仕事する気分でもなくなったので、1日ぐーたらして過ごしました!(笑)
ぐーたらしてる最中に、”まてよ?マルクス曰く、歴史は下部構造が上部構造を規定する形で進んできた訳だ。とすると宇宙開発を、この視点で分析してみると面白いのではなかろーか?”等とつまらんことを考えついてしまいますた。小人閑居して不善を為す(*^_^*)v
ここでおさらい。唯物史観に基づいて、中世から近代、現代への変化を分析してみましょう。まず中世に置ける社会体制(上部構造)ですが、これは封建主義社会だったわけですな。(あ、ヨーロッパの中世から近代ね)。この時代、主権国家じゃなくて地方分権的な荘園領主制。国王といえども、主権(流血裁判権、徴税権)は自分の荘園内にしか及ばず、国家と言ってもそれは荘園の共同防衛条約的な存在だったのですな。このような社会体制の中で、人々は荘園内に於いて自給自足体制を取っていたわけです。そんな環境下では貨幣にはあまり意味が無く、そんなに普及しておりません。ところがだんだんと農業技術が向上し、生産力が増大してくるんですな。まさに下部構造が変化してくるわけです。するとどーなるかというと、余った物品を他荘園に売買する輩が生まれてきます。それに連れて貨幣経済が浸透。ますます商売がしやすくなって、ついには商業資本が生まれてくるわけです。一方、荘園間の取引が増加すると盗賊も増えるわけで、治安の悪化が大問題になります。おまけに取引をしている商人は、資本を蓄えることによりどんどん強大化。影響力を強めます。また荘園間の通行手続きが不便だという問題も起こってきて、軍事力による国家の統一が強く強く求められるようになります。で、どーなったかというと、商人が領主のスポンサーとなる、すなわち商業資本と絶対主義が結びつき、上部構造が変化して近代の中央集権的な絶対主義社会が生まれるわけです。近代国家に於いては強力な軍事力・官僚機構によって国が支配され、統治が進められます。
一方、近代を迎えた段階では、基本的に商品は「余剰生産品」がメインだったのですが、絶対主義国家の中で、あらかじめ”商品”にするための生産、問屋制家内工業が盛んになってきます。ここでまた下部構造が変化するわけです。更に資本を蓄えた問屋制家内工業は、工場制手工業(マニュファクチュア)と変化し、工場が誕生し、熟練工や分業という概念が生まれてきます。これらは絶対主義と結びついていない生産資本を生み出していきます。これが従来の商業資本と対立し、市民革命をサポートしていくことになります。この結果生まれたのが自由主義的な市民社会、すなわち現代の上部構造です。
んー。やっぱ唯物史観って切れるねぇ。中世が現代へ移行するのが必然であったと思わせるもの、ホント。あ、念のため申し添えますが、僕は共産主義者じゃないので。貴族主義者ですから(笑)
というわけで、こんなに切れる唯物史観を宇宙開発に当てはめて考えてみようじゃありませんか!ここでの下部構造は”生産手段”というより、”夢”とでも言い換えられるのかな?
まず宇宙開発の中世。いわゆる個人がロケットを作っていた時代でしょうか。まだ国家にはその有用性が認められてはおらず、ツオルコフスキーとかゴダードなんかが個々人としてその才覚によってロケットの開発を進めております。ロケットの規模もまだまだ小型。まぁ個人資本でも何とかなった時代といえましょう。古代(と仮に名付けよう)の夢想家とは事なり、中世のこの人達は”科学”の力を信じてその第一歩を踏み出したわけです。理論を立て実験を行い、段々とその”科学力”が本領を発揮してきます。十分に威力のある、すなわち軍事目的にも使えるような物になってくるわけですな。おまけにそれに従って従事する人達の夢も膨らむ膨らむ。月に行きたい、火星に行きたい!となってくるわけです。それを実現するためには巨額な国家レベルの予算が必要。そこで強大な軍事国家と結びつく事により、近代ロケット開発が始まるわけです。フォンブランのV2なんかが良い例でしょう。んでもって実際に人類は人工衛星を打ち上げ、軌道上に人を運び、ついには月にまで到達するわけですが・・・こうなってくるとそれを支える”夢”の担い手が個人の手を離れていってしまったんですな。フォンブラウン然り、糸川英夫然り。ロケットは国家と、その国家によって結びついた巨大資本(アリアンとかボーイングとか三菱重工とか?)が担い手となり、宇宙飛行士もびしっと国家によって統制されていくわけです。英雄の時代は終わったんですなぁ。ところがどっこいこのままでは終わらない。国家統制の元に進められてきた宇宙開発に於いて、その”夢”は担い手を失い(巨大企業は電子羊の夢を見るか?)、衰退していってしまうのであった。チャンチャン。これで人類の宇宙開発は終わったのかっっ!
いやいや、糸川英夫ロケットの末裔M-Vが消え去ろうとしているまさにその時に、日本で、世界で、またまた個人の”夢”が、下部構造が、大きく変化してきていたのですな。例えばX-Prizeに見られるような民間による有人ロケットの開発。日本の学生達によるハイブリッドロケットやコールドロケットの開発。中世から近代にかけての個人の開発者達が”巨大資本じゃないと無理”と諦めていた夢が、更なる科学技術の発達によって、個人の手でも出来るぐらいの規模で宇宙開発の夢が語られるようになってきたのです。とすると来るべき現代はどんな時代か?はい、もうわかりますね、近代的な巨大企業・国家によって支えられた宇宙開発体制は崩壊し、個人の手による宇宙開発が進み我々はついに自由主義的な市民宇宙開発社会を手に入れるのです・・・・・・・となるのかどうなんだか(^_^;
かってカールマルクスは唯物史観に基づき共産主義社会の到来を予言しましたが、現在世界に残る共産圏国家はわずか3カ国。まぁ見事にその予言がはずれたと言うべきか、その予言は先を見すぎていたと言うべきなのかも知れませんが、唯物史観で見た宇宙開発の現代予測は当たるのかはずれるのか!それは我々の双肩にかかってるんだろうなぁ、きっと。
晩秋の昼下がり、日だまりの中で古典に想いを馳せる時間はそろそろ終了。さて、明日に向かって立ち上がろうじゃないか、諸君!

・唯物史観で見る宇宙開発の今後

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